「ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と」は、のめり込めなかったドラマでした
2023年4月~6月期
通勤電車の二車両が時間と空間を超えて未知の世界へという設定でしたが、その環境、人間、生活にその異次元の孤立した世界へ行ったリアル感を見つけられませんでした
きっとありがちなタイムスリップではなく、他の仕掛けや種明かしがあるんじゃないかと期待して観ていましたが…
やっぱりタイムスリップでした…
どうせあり得ないのであれば、「国家的研究プロジェクトの研究材料」で、大勢の一般人を人類が全滅した未来へのタイムスリップに見せかけて陸の孤島へと移動させてサバイバルをさせるとどうなるかなど、大災害に遭遇したときのシミュレーションだったとか、「裕福な集団の娯楽」で、リアルサバイバルバラエティのために仕掛けた遊びたっだとかの種明かしで、タイムスリップに見せかけただけだった!を期待してしまいました。
そしてタイムスリップを信じてもらえない主人公たちに対して、最終話に掛けての匿名で書き込むSNSの残酷姓や非情姓などが主軸なっていき、そこから主人公たちの苦悩やトラウマ、そして絆が描かれていきます
タイムスリップを使ってそこが着地点になっていくことは、タイムスリップ設定を扱った時点でいろいろ期待してしまっただけにちょっと残念でした
さらに完結型連ドラ好きとしては、やはりこの最終回、着地点は大・大残念でした
副題の回収という免罪符があるとはいえ、良く言えば含みを残してそれぞれの観手の中で完結してもらうという趣向なのかもしれませんが、様々な意見、幕の引き方があるのは当たり前なので、それはプロの創り手としての答えを観手に差し出して、その上で観手としては自分の意見を交えて盛り上がりたいです
大人の事情があるのかもしれませんが、続編、映画化、配信動画へ含みを残す作り方をすればするほどテレビの連ドラが衰退しそうで怖いです
「観手」:ドラマを創る・作成する人の「創り手」という言葉に対して、それを観る・鑑賞する人を差す言葉として使っています
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